スラムの片隅から世界を、、【YUMEKAKE/JOHN's diary】

国際協力活動のなかでのマジメな話からゆる~い話まで/海外から日本から

「戦時下のイスラエルの介護施設で働く出稼ぎのフィリピン人が、銃撃から高齢者をかばい犠牲になった」~パレスチナとイスラエルの憎悪の歴史と繰り返される血の惨劇。そして「戦争しか知らない子どもたち」の哀しみ~


#イスラエルハマスの戦争 #イスラエルパレスチナの歴史 #シオニズム中東戦争パレスチナ問題 #パレスチナ難民 #天井のない監獄ガザ地区の惨状 #ゼレンスキーの正体 #戦争しか知らない子どもたち #偏った報道に踊らされるな

イスラエルハマスパレスチナ側)が戦争状態に陥り、近くイスラエルによるガザ地区への地上侵攻が秒読みという流れになっている。そうなったらもう、パレスチナには救いようのない地獄が訪れてしまうかもしれない。これまでだって、もう充分に、少なくとも平和な日本から見れば、地獄のような日々を送っていたのだが。

そんな中、こんなニュースが。

イスラエルは日本同様に高齢化社会が進行しており、家政婦や介護職のために多くのフィリピン人が出稼ぎをしている。

パレスチナ自治区ガザに近いイスラエル南部で、介護の仕事をしていたフィリピン人女性(33)が殺害された。彼女は、イスラム組織ハマス武装勢力が建物に押し入ってきた時、介護を担当していた高齢女性の元を離れず、最期までかばい続けたという。

フィリピンメディアなどによると、6年前からイスラエルで働き始め、武装勢力の襲撃を受けた時はガザ地区から約7キロのキブツ(農業共同体)で介護の仕事をしていた。 そして、高齢女性の介護に当たっていた7日、ハマスの戦闘員がドアをこじ開け、施設内に押し入ってきたという。 銃撃が始まっても、彼女はその場から退避せず、体の不自由な利用者に寄り添い続けた。

しかし2人とも、銃撃を受けて亡くなった。

「心が痛く、耐えられない」。彼女の母親はメディアのインタビューに悲痛な思いを明かした。「最愛の娘を失った苦しみがどれほど大きいか、言葉では説明できない」

被害に遭う前日の6日に電話で話したのが最後の会話になったという。「今の唯一の願いは遺体を迎え、埋葬してあげること」だとも話した。

このニュースがわざわざ西側(欧米側)の日本で、ふつうにヤフーニュースとかで流された。それは、ひねくれた(?)見方をすれば、美談を利用して、パレスチナ、そしてお決まりのパターンでイスラム勢力を「悪」とするプロパガンダのような気もする。

今回、仕掛けたのは確かにハマスかもしれない。しかし、そんな単純な話ではない。そこには、イスラエルパレスチナの、どうしようもない深い溝と憎悪が積み重なった、複雑な歴史がある。

中東のパレスチナ自治区ガザ地区では10月7日以降、イスラエルとの間で大規模な戦闘が起きている。周囲を壁やフェンスで囲まれて、人や物資の移動が厳しく制限されることから「天井のない監獄」と呼ばれるガザ地区で、今、何が起こり、そして、これまで何が起きてきたのだろうか。

ガザ地区は、イスラエルとエジプトに囲まれた細長いエリアで、地中海に面した長さ50キロ、幅5~8キロ、日本の種子島ほどの面積に約222万人が住んでおり「世界で最も人口密度が高い場所の一つ」と言われている。 住民の大部分はアラビア語を使用するパレスチナ人で、スンニ派イスラム教徒。イスラエルの首都エルサレムが南西80キロの地点にあり、エルサレムと地中海、シリアとエジプトを結ぶ要地となっている。

地中海東岸のパレスチナ地方は、紀元前11世紀ごろにユダヤ人の「イスラエル王国」があった。しかし、ローマ帝国が支配するようになると、ユダヤ人は紀元1~2世紀に反乱を起こすも鎮圧され、パレスチナ地方から逃亡し、世界各地に散らばることとなった。故郷を追われたユダヤ人の苦難は凄まじいものだったろう。

そして、7世紀以後はパレスチナ地方はアラブ人が多く住むようになった。オスマン朝支配下に入ったのち、第一次世界大戦中にはイギリス軍が占領。1948年までイギリスによる委任統治が続いた。この間、ユダヤ人の間では祖先の地への帰還を願うシオニズム運動が盛り上がり、ユダヤ人の入植者が急増した。

第二次世界大戦後、パレスチナへのユダヤ人国家創設をめぐって、ユダヤ人とアラブ人が対立。度重なる衝突にイギリスは匙を投げ、国連によるパレスチナ分割案が1947年に決議された。ガザ地区ヨルダン川西岸地域にはアラブ人の国家、それ以外の地域にユダヤ人の国家をつくるというものだった。もちろん少数派のユダヤ人に半分以上の土地を与える内容にアラブ人は猛反発した。 ユダヤ人が1948年にイスラエルの建国を宣言すると、これに反対する周辺のアラブ諸国との間で、長年に渡る衝突、戦争が続くこととなる。

また、イスラエル建国に伴い、70万人以上のパレスチナ人が故郷と家を失って、 ヨルダン川西岸地区、ガザや、ヨルダン、レバノンなど周辺諸国に逃れた。 以来、「故郷への帰還」を切望しながら、70年以上におよぶ年月を難民として過ごしている。 今や三世代、四世代となったパレスチナ難民は、世界中で約560万人に達し、世界で最も大きな難民グループとなっている。

同1948年、イスラエルの建国を認めないアラブ諸国イスラエルの間で第一次中東戦争が勃発し、ガザ地区はエジプト軍が占領する。イスラエルの支配から逃れてきた周辺のパレスチナ人難民が押し寄せたことで、ガザ地区は人口密集地帯になっていった。1967年の第三次中東戦争以降はイスラエル軍が占領していていたが、相次ぐテロの影響もあり、2005年にガザ地区から撤退した。 しかし、その後もガザ地区イスラエル軍に包囲されたままだ。 人や物の出入りが極端に制限された結果、燃料や食料、日用品、医療品などが慢性的に欠乏し、人々は国連や支援団体からの援助物資で命をつないでいる。

イスラム国家樹立を目的として設立された武装組織「ハマス」は、イスラエル軍の撤退後、学校・医療施設等のインフラを整備するなどしてガザ地区の住民からの支持を獲得。 2006年にはパレスチナ自治区の国会に当たる「自治評議会」で過半数議席を獲得して政権入りした。しかし、翌2007年には連立政権の相手である「ファタハ」と衝突し、ガザ地区を武力制圧した。 2005年にイスラエルとの停戦に応じていたハマスだすが、2006年にイスラエル軍の砲撃でガザ地区住民が死亡したことから武装闘争を再開。その後、何度もイスラエル軍と大規模な戦闘を繰り広げてきた。その間も、ガザ地区の人々は、イスラエルによる弾圧を受け続け、貧困に苦しみ、砲弾にさらされながら、不自由で不安な生活を強いられる。

そして今回、2023年10月7日、ハマスガザ地区からイスラエルに大規模な攻撃を開始。イスラエルも大規模な空爆で応酬し、犠牲者が増加している。現時点でも死者・行方不明者は6000人にのぼり、今後、本格的な地上戦となれば、もちろんそれどころじゃすまない。イスラエルによる「アメリカを始めとした西側諸国の了承を得た」合法的な虐殺(あへてそう言おう)により、犠牲者はより増えていくだろう。

現在、西側(日本も)では、ハマスパレスチナ側)のテロのような報道をしており、双方の犠牲者を悼み、またその複雑な対立の歴史をなぞりながらも、結局はイスラエル側に立ち、イスラエルの反撃を容認(というか積極的に援護)している。今まで、散々イスラエルガザ地区空爆した時はサクッと触れてきただけなのに、パレスチナ側からの攻撃は「テロ」なんだと。だから許されないと。

しかし、その捉え方だけを鵜呑みにしてはいけない。宗教や地勢、歴史、大国の思惑の絡んだ難しい問題だが、そもそもの原因はイスラエルの姿勢にあると自分は(個人的には)思っている。もちろん「約束の地」を追われたユダヤ人の苦難の歴史も理解するが、だからといって近年のパレスチナに対する迫害は許し難い。

あまり国際情勢に関心のない人たちには、表面だけをなぞり偏った今回のいきさつをニュースで目にし、まるでイスラエルだけが被害者のようなミスリードをされているのだろう。だが、それは大きな間違いだし、有り得ない。

ところで、近年の紛争、また、偏った報道、と言えばウクライナだが、ゼレンスキー大統領は、この中東の戦闘に対し、停戦を求めるのではなく、イスラエルによる報復攻撃を支持表明している。それが彼の正体だ。ロシアのプーチン大統領の悪行はもう充分に伝わっているとは思うが、対するウクライナの姿勢もまた、ウクライナ紛争を長引かせ、多くの命を奪い、世界に迷惑をかけてる大きな要因だということは、もう想像力を働かせるまでもなく明白な事実である。

そしてその黒幕はアメリカであり、盲目的にアメリカに従う日本もその一端なのだ。

パレスチナにはパレスチナの、イスラエルにはイスラエルの正義や理由があるのだろう。ここまでお互いの憎しみが積み上がった今、もはや話し合いで解決出来る道は無い気もする。が、なんとかこれ以上の犠牲者を出さない道を模索してほしい。

結局、戦争なんて人殺しの手段なんだ。正義なんてそこには存在しない。100%否定されるべきものなのだ。

そして日本。ロシアを訪れた鈴木宗男議員を処分とかヒステリックに騒いでるだけでなく、そのパイプを利用して、ロシアと話し合うような勇気を日本政府には持ってほしい。世界の平和のために。

「中東から石油を買ってる日本は、アラブ諸国に気を使って、イスラエルの報復を表立って全面支持はできない」なんて、TVやネットのコメンテーターや有識者や専門家や知ったかぶりが、得意気に分析してるけど、、、そういうことじゃないんだよな。そもそも戦争の継続を支持するなって話だ。それは、テロを許さないこと、被災者のケアや人道支援とはまた別の話だ。

日本には何もできない、いや、何もしちゃいけないのか、それはわかってる。でも、思う。何もしないのは、悪事に加担していることと同じだ。戦争という卑劣な人殺し行為にだ。この写真はイスラエル空爆を受けたガザ地区の様子だ。しかし、実は今回のものではない。2021年の攻撃の際のもの。TOPの写真もこの写真も、時期は違えど、同じように、破壊された町に途方に暮れ、暗い目をした子どもの姿がある。これが長年、イスラエル空爆にさらされ続けるガザ地区の現実だ。イスラエルが今回のような大きな被害を受けることはマレかもしれないが(だからこんなに騒いでる)、パレスチナがこんな状況になるのは、今回が初めてではない。もうずっと前から、日常的に続いてきたこと。

昔、日本で「戦争を知らない子どもたち」という歌が流行った。しかし、ここパレスチナガザ地区で、日々、空爆におびえながら暮らすのは、「戦争しか知らない子どもたち」なのだ。

避難所が設置され支援物資にあふれるイスラエル側と対照的に、被害にあったガザ地区の少女が、ガレキの中で泣きながら訴える。家も破壊され、外で家族と寄りそいながら。

「私たちは家もなく毎日空爆におびえてる。私たちを助けてくれる人も、世話をしてくれる人もいない。私たちはどう生きていけばいいの?」

「私たちの人生、すべてが恐怖の中よ、、」

それが世界の現実だ、、、

yumekake.comyumekake.comyumekake.comyumekake.com** ** ** **
🍀国際協力NGOのブログです。表示されるスポンサー広告のページを開いて頂くだけで、NGOへの募金として、フィリピンのスラムの子どもたちへの支援になります。ご協力お願い致します🙂
🍀JOHNです。よろしくお願い致します。 海外のことや日本のこと、世界の現実、経済や政治、ポエムまで、いろいろ書いてます😅 もしよろしかったら、読者登録、シェアお願い致します🙂
自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは下記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。) あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。
このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。 そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。
今後ともよろしくお願い致します。

🍀NGOの活動にご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。
【 国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」】
” ただ与えるのではなく、共にわかちあう支援を ” hopehalohalooasis.wixsite.comyumekake.comhopehalohalooasis.wixsite.com