
憲法で定められてるくらい、お年寄りを大切にする国、フィリピン。かといって、だからお年寄りを大切にしてる、ということではなく、お年寄りを大切にする国民性だからこそ、そういう条項が憲法が自然に盛り込まれたのだろう。
年長者を敬い、大切にする精神・文化が根付いているフィリピン。例えば、フィリピンでは、自分より年上の人に会ったら、" Mano po”(マノ・ポ)と呼ばれる挨拶をすることが礼儀である(写真)。これは、年長者の右手を持って、自分の額にその手を当てる行為であり、年長者に対する深い敬意を表すものである。
「高齢の親の世話は、子どもの責任である」。フィリピンでも、他の多くの東南アジア諸国と同様に、このような規範が社会に根付いている。そのため、高齢者は家族とともに暮らすことが一般的である。
しかし、マニラやセブ、ダバオ等の大都市圏近郊には、出稼ぎで来て、その後、故郷に帰るお金もないまま一人で生活をする高齢者や、家族が貧しいために十分なケアを受けられない高齢者もいる。
そのような身寄りがなかったり世話を受けられない高齢者のための民間の施設がいくつかある(でもあまりない、、)。そして、マニラ近郊に、とある高齢者用グループホームがあるのだが、その運営は、寄付やNGOなどの支援で支えられている。入居者は、入居費等の支払いをする必要がない。
いや、無料だからどうだとか、ということを言いたいわけではない。実際、年金制度も福祉制度も不十分なフィリピンでは、お金をもらおうにも、相手に払う術がない。ただ、身寄りのない高齢者の世話を、お金の問題ではなく、整っていない福祉制度や社会システムにもかかわらず、個人や地域の気持ちと責任で行うという姿勢があるということだ。
運営資金が十分でないため、このグループホームで提供されるケアには改善点が必要とされる点もあるが、入居者と共に暮らしたり世話をしている職員は、身寄りのない高齢者を自分の親のように面倒をみている。そんな人々の姿勢から、高齢者を敬い、大切にするフィリピンの人々の温かさを感じることができる。
もちろん職員にはそれぞれの生活があり、給料をもらって仕事として介護を行っているのだが、少なくともお金のためだとか、仕事だとか、ではなく、本当にお年寄りの心と体に寄り添い、その世話をしている。
日本には高齢者施設がたくさんある。そして、その設備も環境も、また、福祉制度も、フィリピンとは比べ物にならないほど充実している。しかし、高齢者ケアや介護技術の進展がある一方で、高齢者を敬う姿勢や大切に思う気持ちは薄れてきているように感じられる。施設が、というわけではなく、国民全体のその社会の傾向として。
経済連携協定に基づき日本は、現在多くのフィリピン看護師、介護士を受け入れている。フィリピンよりやってくる介護技能実習生は、名目上は介護技術を学びに来るのだが、まあ実質的には出稼ぎのようなものだ。とはいえ、受け入れ側の日本の施設は、実習生に日本語と介護技術を教え、資格取得を目指す。
そのように、日本にやってくる海外からの技能実習生に、様々なことを教えるのだが、同時に、彼ら・彼女らから、学ぶこと、気付かされることが、たくさんあると思う。
家族の絆であり、愛であり、人との接し方や思いやりの気持ちの深さ、、、それはきっと、フィリピンを訪れた誰もが感じるものであるだろう。日本人がその文明の発達と生活の利便性の向上を手に入れてきたと同時に、何か忘れけかけている人として大切なもの。
日本とフィリピンの交流を通じて、フィリピン人が経済的に助けてもらい、様々な技術を学び、また、日本は、看護や介護業界の日本の労働力の不足を補ってもらい、そして、海外よりやってくる技能実習生から、日本から失われそうになっている高齢者に対する尊敬の念や大切に思う気持ちが、日本の社会にもたらされるといったような、有意義な交流が、より深まり、広がり、続いていったらいいな、と思う。