スラムの片隅から世界を、、【YUMEKAKE/JOHN's diary】

国際協力活動のなかでのマジメな話からゆる~い話まで/海外から日本から

【人としてのパワー、って】 ~何ということない日常のひとコマにさえ、あふれるパワー、、でもそれは、ただ明るいだけじゃない、その裏に、逃れられぬ現実の厳しさがあってのもの、、、 (#子どもの貧困 #スラムの貧困 #フィリピンセブ #生きる力 #国際協力NGO HOPEハロハロオアシス)

f:id:yumekake-john-ngohope:20200908212025j:plain
f:id:yumekake-john-ngohope:20200908212048j:plain

フィリピン・セブ島

NGOの事務所の近所の通りで撮った写真。

ハイスクール女子。

フィリピンンは、小学校6年の次が、ハイスクールの6年制なので、この子たちは、日本で言う中学生。

あ。ハイスクールの6年が、ジュニアハイとシニアハイなんで、junior high schoolって言えばわかりやすいか。

ちなみにハイスクールも義務教育。

といっても、みんな学校に行ってる(行くことができてる)わけじゃない。

統計では、学校に行ったことがない、もしくは途中でドロップアウトした子どもが、全体の3分の1程度らしい。

といっても、、

そもそも戸籍の無い子どもがたくさんいるので、統計といってもなんだかよくわからない。

で、学校に行かずに家の手伝いしたり、働いたりしてる子もいっぱいいる。

特に珍しくもないから違和感もない。

そして義務教育だけど、毎年進級試験があって、落第もある。

事情があって、年齢が遅れて入学する子もいるし、クラスにはけっこういろんな年齢の子どもがいる。

やっぱりいろんな事情で、(義務教育なんだけど、、)途中で辞める子もたくさんいる。

お金の問題がやっぱり多いけど、子どもができて学校に通えなくなった女子もけっこういる。

逆に、高校に赤ちゃん連れてきてる子もいる。(私立とかだと、その光景にもあまり違和感はないし、クラスメイトもふつうに子どもをあやしたりしてる。)

あ。この問題、というか、若年で妊娠が多いことについての話は、また次の機会にあらためて。

んで、結局、何の話をしてるんだろう?

そうそう、この写真の女子中学生軍団。

見てわかると思うけど(?)、決して、いわゆる「良い子」(優等生?)ではない😅

自分的には、良い子たちなんだけど、、、

なんていうんだろう、学校的には、まあ、良い子ではない、かなあ🙄

でもね、、

なんかこうやって、ただ通りにたむろって、何気に写真を撮るだけで、

なんだかすごくパワーがある。

人としてのエネルギーがあふれてる。

勉強ができるわけじゃない。

しょうじき貧乏だし。

中学生で髪も染めてるし、中指立ててるやつもいるし、お世辞にも上品な格好でもない。

でも、そんな身に着けてるものだって、めっちゃ質素なのに、なんかかっこよく見える。

この、ローカルな人々の、「人としてのパワー」が、このフィリピンという国の可能性なんだと思う。

そして、自分がとても好きな部分だ。

貧富の差が激しく、いや、国そのものも決して裕福ではないし、様々な問題がそこらじゅうにいっぱいあるけど、

でも、こうやってにじみ出てくる、人間力はすごいものがある。

もしかしたらそれは、先進国で安全にちゃらちゃら暮らしてる自分らが、いつのまにか失ってしまったものなのかもしれない。

もちろんすべてのフィリピン人がそういうわけではない。

じゅうぶん便利な生活に浸ってたり、コンドミニアムで優雅に暮らす人もいる。

ただその国民性から「明るい」だけの人たちも。

でも、現地のローカルの、スラムの貧困層の人たちは何か違う。

より人間臭さと、その素朴な力強さがある。

いつも現地のローカルの人たちと一緒にいて、

苦笑いするくらい圧倒されてしまう。

そして、知らないうちに一緒に楽しい気分になる。

一緒に笑顔になってる。

実際はそんな特別に良いことなんて、周りにはないんだけど。

でも、家族や仲間でつるんで楽しく過ごすことが、きっといちばんの幸せなんだって、教えてくれる。

そして、、

このローカルな人たちのパワーは、日本で暮らす自分らの周りにあるような、軽薄なノリではなく、

ただ性格が明るいからってだけじゃなく、

そこにはやっぱり、ふだんの生活の厳しさや貧困からくる不自由さに裏打ちされた、どうしようもなく理不尽な心情や経験が備わってたりする。

そう、この、いっけんにぎやかなだけの、パワーあふれる空間には、ただ明るいってだけじゃない、本当の意味での深い現実感も宿ってる。

逃れられない現実の厳しさを知っているが故に、本当の明るさが人々の生活に、心に、あるんだと思う。

暗闇の中でこそ、本当にきれいな光あるものが輝くんだ。

そんな、人としてのパワーが、そして、漂う現実の深さが、

とても好きだなーって、よく思う。。。

yumekake.com

yumekake.com** ** ** **

JOHNです。よろしくお願いします。
海外のことや日本のこと、世界の現実、経済や政治、ポエムまで、いろいろ書いてます😅
もしよろしかったら、読者登録、スター、 シェアお願いします🙂

自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは下記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。)
あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。

このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。 そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。

今後ともよろしくお願い致します。

NGOの活動にご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。

【 国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」】

” ただ与えるのではなく、共にわかちあう支援を ” 

hopehalohalooasis.wixsite.com

yumekake.com

【いつもの日曜日】 ~ここでは当たり前のものが、日本ではそうじゃない。もちろん逆もある。どっちがいいかなんてわからない。ただ、文化の発達によって失われていった、何か大切なものが、ここには確かにある、、、 (#古き良き日本 #三丁目の夕日 #スラムの暮らし)

f:id:yumekake-john-ngohope:20200906220232j:plain
f:id:yumekake-john-ngohope:20200906220454j:plain
f:id:yumekake-john-ngohope:20200906220523j:plain
f:id:yumekake-john-ngohope:20200906220546j:plain

今日は日曜日。

というわけで、今朝、フィリピンから届いた何人かからのちょっとしたメール。

「今日は朝から洗濯だよ!」

そんないつもの日曜日。

何も特別なことはない。

いつものように、手洗いで洗濯。

表の井戸で水を汲んで、めっちゃ手慣れた手つきで。

日本で流通してる洗濯板のようにギザギザはついてない。

だってスーパーとかで買ってきたわけじゃない「ただの板」だから。

でももしかしたら、この方が、生地が傷まないからいいのかな。

すすいだらそのままあんまし絞らないで外に干す。

日差しが強いしすぐ乾く。

いきなりスコールがきて、雨に濡れちゃうこともある。

でもべつにいい。

そもそも雨水も井戸水もあんまし変わらない😅

NGOの現地ボランティアの高校生の妹からメールが来る。

「お姉ちゃんが洗濯してるよ~」
「私はもう終わったのー」

。。。

せっかくの日曜日なのに、早起きして洗濯で午前中は終わり。

朝からそれなりの重労働。

そんな高校生。

ここではそれが当たり前の女子高校生。

スラムに暮らす貧しい家族の、当たり前の日常、、、

。。。

フィリピンでは手洗いが当り前。

洗濯機もふつうに売ってるのに、それなりの富裕層でも、洗濯機じゃなくて、家政婦さんを雇って、

で、手洗い😅

文化だよね。

あとは電気代が高いってこともあるのかな?😳

そして最近は、ランドリー屋さんが通りにめっちゃある。

自分も前は、現地ではがんばって手洗いしてたけど、最近は、ぜんぶランドリーに出しちゃう。

めっちゃ安いし😁

とはいえ、自分で洗うことに比べたら、余計な(?)お金がかかることには違いない。

。。。

でも、体力はさておき、時間がもったいなくね?

手洗いに何時間もかけてる間に、もっとゆっくり寝られるし、遊びにいったり、スマホいじったりでもいいけど、他のことできるじゃん?

洗濯機なら、とりあえず服入れて回しとけば、あとはやっといてくれるんだし。

と、自分もそんなふうに思ったりもするんだけど、

まあ、いいや。だって当たり前の家事なんだから。

掃除はルンバで、食事は出前で、、、ていう方が楽なのはわかるけど、

やっぱ余計なお金はかかるし、自分でやりたくもなる。

それと一緒?

。。。

とある知り合いの、フィリピン人と結婚してフィリピンに住む日本人男性。

高級コンドミニアムで年の離れた可愛い奥さんと幸せな暮らし。

彼は言う。

「それが文化なのかもしれないが、奥さんに洗濯物を手洗いさせるような生活はしたくない。」

うん、、

それも愛情だし、確かにお金があるなら、わざわざ手洗いする意味もない。


富裕層(とまでは言わなくても、とりあえず貧困層ではない)的な、また、日本人的な目線だとは思うけど、やっぱり便利な方がいいしね。

。。。

ただ、自分は思う。

洗濯でせっかくの日曜日の午前中が終わっちゃう。

朝から汗だくになって。

でもそれが当り前で、特に嫌がるわけでなく、

「何してるん?」

「洗濯~」

と、明るく返事が返ってくる。

表の井戸で、近所のおばちゃんとおしゃべりもしながら。

自分は、そんな文化がけっこう好き。

なんていうんだろう、

いわゆる、古き日本の文化、が、ここにはまだある。

ただ単に便利になっていくだけじゃない、どこかあたたかい、心のこもった文化が。

ここでは当たり前のものが、日本ではそうじゃない。
もちろん逆もある。
どっちがいいかなんてわからない。
ただ、文化の発達によって失われていった、何か大切なものが、ここには確かにある、、


。。。

「何してるん?」

「朝から洗濯だよー😊」

「そっかあ。大変だね。」

「うん。でもいいの。洗濯好きなんだ🙂」

「そうなん?どうして?」

「だって、泡がいっぱいで、なんか楽しいの😁」

うん、、、

なんか、幸せそうでしょ?

 


yumekake.comyumekake.com** ** ** **

JOHNです。よろしくお願いします。
海外のことや日本のこと、世界の現実、経済や政治、ポエムまで、いろいろ書いてます😅 もしよろしかったら、読者登録、スター、 シェアお願いします🙂

自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは下記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。)
あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。

このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。 そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。

今後ともよろしくお願い致します。

NGOの活動にご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。

【 国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」】

” ただ与えるのではなく、共にわかちあう支援を ”  

hopehalohalooasis.wixsite.comyumekake.com 

【もしもの備え、、それはもう、災害とかウィルスだけでなく、「時代そのもの」への備えだと思う。いや、もし前向きに考えることができるのなら、次にやってくる時代、ニューノーマルへの準備であるべきなのかもしれない、、】 (#農業支援 #国際協力NGO #海外ボランティア)

f:id:yumekake-john-ngohope:20200904191338j:plain
f:id:yumekake-john-ngohope:20200904191312j:plain
f:id:yumekake-john-ngohope:20200904191247j:plain

はてなブログ今週のお題「もしもの備え」

🍀🍀 🍀🍀 🍀🍀 🍀🍀

「もしもの備え」をしているか、といえば、しているようなしていないような😅

東日本大震災で部屋の中がめちゃくちゃになったんで(ようするに大量の本が崩れた、、)いちおう対策はしたけど、もう意味がない気がする(またそこに大量の本が積み重ねられたから😂)

懐中電灯にラジオがついたやつとか、手回しの充電池とかは、なんか持ってる。非常食とか入った非常用袋みたいのはあったよーな気がするけど、使わないうちにいつのまにか仕舞いこんじゃってて、どこにあるかもおぼろげだ(意味なし🙄)。

そんな油断が災害被害を引き起こす気がするんで、もちょい気を引き締めなきゃね!😅

で、災害もそうなんだけど、今回の新型コロナウィルスCOVID-19。

マスクやアルコールの供給不足や、緊急事態宣言で店が閉まったりでの買占め、とかで焦った人も多いと思う。

あらためて、いざという時のための備蓄は大切だと思ったことだろう。

まあ日本では、お決まりのトイレットペーパーやカップラーメンのパニック買い、なんてのがよく話題になるけど、そういうのにしても、とりあえず数日か、もうしばらくのことだったりする。

ただ、そういう供給不足や集団心理の問題ではなく、今回の新型コロナウィルスによる非常時の取り組みとして、お店がぜんぶ閉まっちゃったり、また、ステイホームへの対策としての備蓄を考えなきゃ、と感じた人もいると思う。

そして、自分がNGOで支援してるフィリピンでは、もっと深刻で、、、

「ロックダウンで仕事・収入がなくなり、食べる物がななくなる」

という事態が起き、人々は苦しんでいる。

そして、今さらながらに思い知ったのが、自給自足できる環境の用意だ。

というわけで、家庭菜園を始める人がちらほら出てきた。

もともとが熱帯雨林で植物が育ちやすいこともあって、あまり時期気にしなくても、気候に合った作物を植えれば、ほっといてもどんどん育ったりする。

よく考えてみたら、果物がそうだ。

日本では高級感のあるマンゴーやパパイヤとかの南国フルーツが、そこらの庭に自生してたりする。

そういえば、以前、スマトラ沖地震津波の災害復興支援活動にスリランカに行った時、津波でぜんぶなくなって、しばらくはココナッツばっか食べてたって、地元のにーちゃんが言ってた。

水分はとれるし、内側の果肉は栄養あるし、「これがあれば生きてける」って笑ってた。

で、話を戻して、フィリピンの人たちも、自給自足していく大切さを感じたのか、そこらの空き地で作物を育てたりする人が出てきた。

特に専門知識はないが、とりあえず植えてみて、勝手に育つ感じだ😅

そして、それなりに量が獲れれば、売ることもできる。
(どちらかといえば、仕事がない状態の今、収入目当てがメインかもしれない。)

NGOでは、もともと、農業支援を行おうと改革していた。

貧困層の人々の自立支援のために。

例えば、豆や芋なら、素人でもすぐに栽培できるんじゃないかと。
(実際、自分も素人だし😶)

もちろんいろいろ調べたり、専門知識のある方のアドバイスも受けながら。

そんなこんなで、今回のコロナ渦で、お金が手に入ったら何も考えずにすぐにぜんぶ使っちゃう生活習慣も、少しは意識が変わるかもしれない(なさそーだが😓)し、少なくとも、自分で何とかすることの意味くらいは感じただろう。

何かあった時のためにも、また、収入を得て自立するための職業としても、自ら作物を栽培するという意識を共有し、実施していきたいと思う。

yumekake.com

yumekake.com** ** ** **

JOHNです。よろしくお願いします。
海外のことや日本のこと、世界の現実、経済や政治、ポエムまで、いろいろ書いてます😅
もしよろしかったら、読者登録、スター、 シェアお願いします🙂

自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは下記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。)
あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。

このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。 そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。

今後ともよろしくお願い致します。

NGOの活動にご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。

【 国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」】

” ただ与えるのではなく、共にわかちあう支援を ”  

hopehalohalooasis.wixsite.com

yumekake.com

「読書感想文の思い出」 ~本はめっちゃ読むし、文章を書くのも好きだけど、読書感想文は好きじゃなかったかも、、 (#夏休みの思い出 #つかこうへい #卒業論文 #ニューシネマパラダイス)

f:id:yumekake-john-ngohope:20200901195854j:plain

今週のお題「読書感想文」

🍀🍀 🍀🍀 🍀🍀 🍀🍀

ブログを書いてるはてなブログ今週のお題

読書感想文。

小中学生(高校もだっけ?)の夏休みの宿題の定番だ。

とりあえず自分は、本をめっちゃ読む。

でもお金がないから、文庫に100円以上はかけない。

だから、読みたい本を読む、というより、てきとーにまとめて買って、乱読する。

今はあまりチャラチャラした内容の薄い恋愛小説は読む気にならないけど、

まあ、なんとゆーか、特にジャンルにこだわらず何でも読む。

物語も歴史も経済もミステリーもノンフィクションも、ジャックケッチャムから武者小路実篤まで(?)、宇宙人から純文学まで、とりあえず何でも読む。

いちばん好きな作家は?と言われたら、「つかこうへい」と答えてる。
まあ、演劇と合わせてだけど。

大学(国文学科)の卒業論文もつかこうへいについて書いた。

ただ、その頃はまだご存命だったし、評論もほとんど成されてなかったので、よくある論文みたく、「過去の論文や評論、研究等の文献のまとめ」みたいなやつじゃなく、ほとんど自分の意見や感想を書きなぐったものだった。それもそうとうの長文で。

それを読んだ担当教授は、少し呆れた顔をして、こう言った。

「こりゃあ、論文っていうより、感想文だなあ。でも、昔はこういうのを書く学生がよくいたもんだった。」

と。

まあ、自分的には、誉め言葉と受け取っておこう😅

そんなこんなで、文章を書くのは嫌いじゃないし、たぶん得意な方だと思う。

学校での誰かの講演会のレポートとかを、数人分、それぞれ違う視点で、それっぽくその場で書いてあげたりした。

「200円で書いてあげるよ!」って🤣

ただ、今思うと、読書感想文が嫌いだった。

なんていうか、

これも今思うと、

文章を書くのは好きだけど、例えばこのブログのように、誰かに読んでもらいたい、っていうんじゃないと、書く気になれないというか、、、

作曲(歌)を作ったりもするのだが、それもやっぱり誰かに捧げたり、誰かの目を意識してるから、創作する気になるっていうか、、、

ようするに自己満足じゃやる気にならないのである😅

だから、いったい何のためだか、誰のためだかよくわからん、読書感想文とか書く気にならんかったんだと思う。

ん?自分のため?

いや、その頃から、物語やら詩やら書くのも好きだったし、本もめっちゃ読んでたし、それについていろいろ考えたりしてたし、今さら何のためにあらためて学校に?という感じ?

またそれを評価されるとしたら、よけいに意味わからん。

自分の感想なのに🙄

まあなにはともあれ、文章に関わるのも好きだったし、その後、(一度働いたけど、お金貯めて)大学の国文科に入り、あげくには国語の先生になったりもする。(今は違う。いろいろあって、、、ね😅)

先生の時も思ってた。

国語は点数化するものじゃないって。

あ。漢字とかは別だけど。

だから成績つける時も、試験の点数だけじゃなくて、けっこう人柄も考慮してた。

例えば、勉強はできないけど、授業中もテストもダメダメだけど、ふだん、めっちゃおしゃべりが楽しい子っているじゃん?

それってある意味、文章作成が上手ってことだし、国語的能力だよね?

と思って、何気に成績に反映させたりしてた。(まあ、気持ち程度だけど😅)

あ。でもって話を戻して、読書感想文。

確か高校の時。

夏休みの宿題の読書感想文を、3年間、ぜんぶ同じの出した。

あ。いちおうちょっとずついじって😳

でもって、なぜかそれの評価もよかった。

気付かなかったのかな?

まあ、先生も違うし、一年前のだしね。

。。。

ところで、写真は家の本棚なんだけど、

もちろんこれはほんの一部で、他の本棚も、そこらに積み重ねてるやつもいっぱいある。

見て解る通り、読書家のわりには、あまり本そのものを大切に保管してるタイプではない😅

何を読んだかも題名とか忘れちゃって、ぐわーっと大量に買う時に、あまり深く考えないでいっぱい買っちゃうんで、前読んだのと同じのを買っちゃったりすることもよくある🤣

まあ、短観上映のロングランの映画でも同じことしたことあるし、、

まだ上映したばっかの頃、マニアしか行かないような映画館に観に行って、その後、それがめっちゃ人気出て、ロングランになって、「ふーん、、こんなふうに人気でる映画ならほんとにおもしろいんだろうし、ちょい観とくか」って、前観てたことを忘れて、また観に行った。観ながらずっと何か違和感あったんだけど、ラストシーンで「あ!これ観たぞ!」って気付いた🤣。「ニューシネマパラダイス」、確かにめっちゃいい映画だった。

そんなやつなんで、たぶん、

記憶力がめっちゃ悪いだけなんだと思うけどー😅


yumekake.com

yumekake.com** ** ** **

JOHNです。よろしくお願いします。
海外のことや日本のこと、世界の現実、経済や政治、ポエムまで、いろいろ書いてます😅
もしよろしかったら、読者登録、スター、 シェアお願いします🙂

自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは下記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。)
あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。

このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。 そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。

今後ともよろしくお願い致します。

NGOの活動にご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。

【 国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」】

” ただ与えるのではなく、共にわかちあう支援を ”  

hopehalohalooasis.wixsite.com

yumekake.com

「少しずつ、、、」 ~新型コロナウィルスによるロックダウンが続くフィリピン。でも少しずつ状況は変わってる。支援活動の様子と共に、少し振り返ってみた、、、(#国際協力NGO #海外ボランティア #緊急食糧支援)

f:id:yumekake-john-ngohope:20200830214818j:plain
f:id:yumekake-john-ngohope:20200830214956j:plain
f:id:yumekake-john-ngohope:20200830215018j:plain
f:id:yumekake-john-ngohope:20200830214912j:plain
f:id:yumekake-john-ngohope:20200830214839j:plain
f:id:yumekake-john-ngohope:20200830214931j:plain

少しずつ
少しずつですが
前に進もうとしています。

先週はまた、定期的に行っている、山奥のスラムで炊き出し実施しました。

そして、今回は、今までとまた少し違う雰囲気だったような、そんな気がします。

前回の同じ場所での食糧配給の時は、フェイスシールドも必須でしたが、今回の炊き出しは、少し緩和されたロックダウンに伴い、集まった子どもたちやスタッフも、どことなく穏やかな空気に包まれています。

ただ、実際は、まだ明確に何かが進んだわけではありません。
政府のアナウンスに希望は見出しつつも、ウィルスの感染状況は未だ落ち着かず、様々な規制も行われ、人々の生活は未だ困難な状態に陥っています。

そう、今も、

新型コロナウィルスによるロックダウンで、
仕事がなくなった状態の、スラムの貧困層の人々は飢えに苦しんでいます。

でも、もう、国そのものが、この経済活動の停止に耐えられなくなっています。
そして、とりあえず今月くらいから、政府の方針も、経済活動の再開を考えた、また違う形での規制、例えばフェイスシールドの着用義務等を、感染がおさまっていない地域の人々に強いたりしながら試行錯誤しています。

新型コロナウィルスにより世界最長のロックダウンが続くフィリピン、、やっとこの国も出口戦略を模索し始めたのかもしれません。

ただ、実は6月にも同様の流れがあったのですが、その時は、タイミングが悪かったのか、ウィルスの感染の拡大に拍車をかける結果になってしまいました。

そしてまた厳しいロックダウンへと戻り、人々は精神的にもより一層のダメージを受け、また、もうどうしようもなくその生活は困窮していきました。

そんな苦い経験から、人々は未だ深い不安に包まれてもいます。

3月中旬から始まったロックダウン。

政府の対策や人々の予防や注意も効果を奏さず、感染状況はどんどん悪くなり、ロックダウンによりその生活は困窮し、人々は希望を失っていきました。

「もう、ウィルスに感染して死ぬか、このまま飢えて死ぬか、どちらかしかないわ」

「これから私たちはどうしたらいいの?」

スラムの人々の切実な嘆きが、自分のもとにも多く届きました。そしてNGOでは、緊急の食糧支援に動き出しました。

今、必要な支援をするために。

本当は、もっと先のこと、例えば子どもたちの教育のことなどへの投資をするべきだとは思うのですが、
というか、普段のNGOの活動では教育や環境・医療、また就業等へのアプローチを行っているのですが、
今は、まず、目の前にある命を救おうと決めたのです。

そう、本当は、未来の生活改善、自立支援へと具体的に繋がっていかないような、いわゆる「その場限り」の支援はしたくないし、今までも極力しないようにしてきました。

そして、確かにこのような食糧支援は、その場限りの、先の見えない支援かもしれません。

ただ、今回の新型コロナウィルスの場合はもう、災害への復興支援を同じです。

今、目の前にある困難を乗り切らなければ、先へ進めません。

今、生き延びなければ、その命を救わなければ、何も明日へと繋がっていきません。

そう思ったのです。

ロックダウンの最中で、多くの規制や、また行動制限もあり、なかなか思うように支援活動の準備は進みませんでしたが、今までずっと地域に根差した草の根の活動をしてきたおかげで、教会や役場の協力や、現地ボランティアががんばって動いてくれて、なんとか支援活動を始め、そして、続けることができています。

NGOの事務所の周りのスラムや、山奥のスラムで、食糧の配給や、炊き出しを定期的に行っています。

現地スタッフによる情報収集を常に行い、できる限りではありますが、必要な支援を適切な時期に行い、少なくとも、自分らの支援地域では、直接的な意味での「飢え死に」は発生していません。そして、できるだけ、少しでも、NGOの支援範囲を拡げ、なるべく多くの貧困層に、支援の手が届くよう、努力しています。

ただ、栄養不良による抵抗力の低下等で、病気が重症化しやすくなっていたり、また、精神的なストレスや不安も大きな原因なのでしょう、、しょうじき言うと、例年より、あきらかに地域の人々の死亡例の報告が多いです。

残念ながらそれもまた現実です。

現実から逃げないで、すべてを受け入れ、

それでも、

今、できることを、今できる形で、精一杯やっていくしかありません。

。。。

先週は、

この、山奥の小さな村のフィエスタ(お祭り)でした。

もちろん例年と同じようにはできません。

それでも、人々は、家族や、近所の仲間で集い、ささやかなパーティーをし、祈りを捧げました。

いつものダンスコンテストは、今年はTiktokコンテストでした。

参加者がTiktokを撮り、facebookでの投票と審査員が審査します。

確かにあまり盛り上がるものではないかもしれませんが、それでも、みんながいろいろ考えて、できるかぎり楽しもうと、それぞれの形で、地域の大切なお祭りに参加しました。

そして、フィエスタの最終日に、NGOの支援による、子どもたちへの炊き出しを行いました。

以前の炊き出しの様子に比べると、なんとなくですが、その場の雰囲気や、皆の表情もやわらかくなっているような気がします。

少しずつだけど、希望が見えてきた気がする、、、

人々の表情にもその喜びが現われているのでしょう。

もちろん未だ続く困難な状況への不安とともに。

そう、

世界最長のロックダウンは、その形を変えてはいっているものの、終わったわけではありません。

また、失った仕事がすぐに元通りに戻るわけでもありません。

公立の学校の開始は、8月から10月に延期されました。
あくまでも現時点での予定ですが、、。

街に出るには、マスクだけでなく、フェイスシールドも必要です。

日本で考えられますか?

バスに乗る時や、ショッピングモールで、みんながフェイスシールドをしている様子が。

ところどころに軍や警察の検問がある日常が。

でも、それが、今のフィリピンの現実です。

でも、、、

少しずつ
少しずつですが
前に進もうとしています。

この状況が、
このままなんとか良くなっていくことを信じて、祈って、
人々は困難が続く日々を、
それでも強く生きていこうとしています。

自分らはそんな人々の命を
たとえ小さな力でも
ほんの少しでも支えるために
これからも、
今できるせいいっぱいの気持ちを届けていきます。

現地の、スラムの人々の、その暮らしに、心に寄り添い、手を繋ぎながら、

共に歩んでいきます。



初めは、こんなふうになるなんて、想像もしてなかったよね、、

もう半年以上、

自由に外に出かけることもできなければ、友だちと集まって楽しむこともできない。

学校も休みで、そして、仕事もない。

ステイホームだとか、ソーシャルディスタンスだとか言ってるうちに、

いつのまにか人と人との距離が遠くなった気がする。

でも、きっと大丈夫。

心の距離は変わってないよ。

だから、もうしばらく、がまんしなきゃね。

大丈夫だよ。

きっとまた前のように、

みんなで一緒に集まって、遊んだり、おしゃべりしたり、食事したり、出かけたりできるから。

楽しく、笑いあえるから。

大丈夫。

いつも見守ってるよ。

いつも、そばにいるよ、、、


yumekake.com

yumekake.com** ** ** **

JOHNです。よろしくお願いします。
海外のことや日本のこと、世界の現実、経済や政治、ポエムまで、いろいろ書いてます😅
もしよろしかったら、読者登録、スター、 シェアお願いします🙂

自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは下記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。)
あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。

このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。 そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。

今後ともよろしくお願い致します。

NGOの活動にご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。

【 国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」】

” ただ与えるのではなく、共にわかちあう支援を ”  

hopehalohalooasis.wixsite.com

yumekake.com

youtu.be

 

「辞意を表明した安倍首相への、極々私的メッセージ」 ~もう今の日本では誰が首相になったって変わらない、ってみんな思ってるけど、なんか少し期待してる自分もいる。この社会の閉塞感に少しでも楔が撃ち込まれることを、、 (#菅総理大臣 #アベノミクス #格差社会 #GDP第三位)

 f:id:yumekake-john-ngohope:20200828205453j:plain

突然だった。

健康上の理由だし、もう充分やってきたし、がんばってたと思うし(彼のやりたいことをね!)途中で投げ出したなんて思わないし、そういう意味では何も非難しない。

まあ、確かに、「お疲れさま」には違いない。

でも。

どうして、「お疲れさま。ありがとう。」みたいなムードになってるの?😳

病気は心配だし、ちゃんと治してゆっくりしてほしいし、安倍さん自体も人間的に嫌いってわけじゃないし、能力もある人だと思うけど、

この人の政治は大っ嫌いだった。

日銀と組んでのむりやりな為替操作まがいのアベノミクスで作ったいびつな経済は、大企業やお金持ちだけが得をする格差社会を生み、調子に乗って逆に行き詰った金融政策は、GDP世界三位の国が未だにマイナス金利なんつーわけわからんことになってる。

アメリカべったりの外交政策は、結局自国の対外的評価を下げて、グローバル化を妨げてるし、安保だかなんだか知らんけど、かえって国際的に危険な位置に日本を追い込んでる感もある。

勝手な偏った思想で、平和ボケな国民が能天気なのをいいことに、数の政治でシレっと決めた隠密政治と監視社会の合法化が、日本の社会をより一層気持ち悪いものにしてる。

でもね。

何も気付いてない国民ばっかじゃないよ?

だから優秀な頭脳も技術も海外に流出していく。

「今度の総理は大変」

テレビでもネットでも、評論家やコメンテーターがみんな言ってるけど、たぶんそれってコロナのことだよね?

でも、それこそ誰が総理をやっても同じだよ。どこの国の代表もみんな大変。

それよりもね。

この狂った政治と経済を、もう少し自然なものに戻すのが大変なんだよ。

アメリカとの関係の仕切り直しや中国との付き合い方だって、今までのようにはいかないしょ?

まあね、拉致問題北方領土もうまくいかなかったけど、それこそ安倍さんのせいじゃないから、仕方ないよ。

日本として、継続してがんばっていくしかない。

でも、この国を、こんなにもいびつな経済や外交の形にしてしまったのは、やっぱり安倍政権のせいだと思うよ。

申し訳ないけど、しょうじき、第二次安倍政権は、少なくとも自分にとっては最悪だった。

もう手遅れだけど、でもやっと終わりが来て、ほっとしてる。

あ。

このぐだぐだ書いてるのは、あくまでも自分個人の勝手な見解と、もっとザクっと言ってしまえばただの好みの問題かもなんで、あんましここで深く語るつもりはないし、、

んで、結局誰が総理になっても同じじゃん?ってこともわかる。

でもって、誰がやってもやっぱ批判や文句はでる。

だからこそ健全な国家とも言えるけど🙂

まあ、

とりあえず、、

「お疲れさま。でももっと早くやめてもらってもよかったけどー。」

かな。そして、

じゃあね。ゆっくり休んでね、安倍さん。お大事に。

そうそう。もう奥さんも、あーだこーだ言われないし、仲良しの手越くんもフリーだから、一緒に思いっきりはっちゃけられるよ。手越くんのYoutubuにでも出たらいーじゃん?

気楽に好きなことやろーよ😁

でさ。もう自宅で犬を抱いてくつろいでコーヒー飲んでても、何もごちゃごちゃ言われないよ。てゆーかもし言われても、気にする必要なんかないよ。
よかったね😊

でも、かわいそうだから、オリンピックにはゲストで呼んであげてもいいかな?オリンピック誘致に実はいちばんがんばった猪瀬さんと一緒に。」

ではでは、最後にもう一度。

今までお疲れさまでした。

次が決まるまで臨時とか立てないで自分が続けるみたいだけど、無理しないでね。

だって、ぜったいにこんな時期の首相の座なんて、体的にも精神的にも病気に良いわけないし。

ほんとにほんとに、

マジで体調に気を付けて。

お大事に。

てゆーか、今日の辞意発表、突然過ぎて、マジで心配してる。

今はもう、できたらゆっくり、自愛してほしい。

あ。あと、誤解のないように。

政治家としてのあなたは嫌いだったけど、でも初めに言ったみたく、人として嫌いなキャラってわけじゃないよ。

友だちになってもべつにいいよん😁

 

yumekake.comyumekake.com** ** ** **

JOHNです。よろしくお願いします。
海外のことや日本のこと、世界の現実、経済や政治、ポエムまで、いろいろ書いてます😅
もしよろしかったら、読者登録、スター、 シェアお願いします🙂

自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは下記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。)
あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。

このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。 そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。

今後ともよろしくお願い致します。

NGOの活動にご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。

【 国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」】

” ただ与えるのではなく、共にわかちあう支援を ” 

hopehalohalooasis.wixsite.com

yumekake.com

「ロックダウンからの脱出(その後)」 ~外国における差別という、ある意味稀有な経験だった。そして、あらためて、差別というものについて、真摯に向き合わなければいけない。そう思った、、、 (#フィリピンセブ #医療崩壊 #人種差別 #ウイルスの次にやってくるもの #国際協力NGO HOPEハロハロオアシス)

f:id:yumekake-john-ngohope:20200824162017j:plain

f:id:yumekake-john-ngohope:20200824162104j:plain
f:id:yumekake-john-ngohope:20200824162042j:plain

2020年3月。フィリピン・セブ島

世界中で猛威を奮い始めた新型コロナウィルスによって、突如ロックダウンされた島を、自分らは緊急脱出した。

いろいろあったけど、なんとか無事に帰国できた。

帰国後に、フィリピン関連の日本人コミュニティとかで、そのフィリピン脱出について報告したり、まだ取り残されてる人とかに経験談からのアドバイスした。

そしたら、語学留学してる生徒の親御さんから、直接、何人か相談されて、現地と連絡をとってあげたりして、このロックダウンに関して、日本に帰ってからもなんだかんだと現地との調整で、しばらくの間ずっと大変だったりもした。

ちなみに、その時は、4月14日まで、とアナウンスされていたフィリピンのロックダウンは、未だに解除されてない。

というか、渡航・入国制限については、皆も知ってるように、今やフィリピンだけでなく、全世界が新型コロナウィルスの影響を受け続けている。

フィリピンでも今(8/26現在)は状況も少し落ち着いてきているが、自分らが帰国した後も、どんどん状況は悪化し、例えば、18歳未満と60歳以上は一切の外出が禁止、その他の人も、パスを持ってる人が、家族に一人だけ、買い物とかで出掛けてもいい、みたいな感じになっていた。

また、セブの自分らがいた地域とかは、やはり貧困層・スラムでのクラスターを恐れてか、バランガイ(町村)どころか、Sitio(日本でいったら「丁目」みたいな)間の移動も自由にできなくなってた。15分も歩けば、検問ゲートがあって、もう立ち入り禁止みたいな。だから、自分らがスーパー行くときに渡った大通りも、渡れない状態だった。

日に日に感染状況は酷くなっていった。それは日本においても同様だった。入港制限が実施され、また緊急事態宣言も発令されたりした。
そして、これも世界共通の懸念事項として、ロックダウン等の感染対策と経済活動の停止による悪影響の問題がある。
ロックダウンには大きな意味もあると思う。早期のロックダウンにより効果をもたらした国も多くある。フィリピンもそのひとつだった。
日本は逆に感染防止対策が遅れ、感染を拡大させていった。
初めの頃は、フィリピンの方が、そんなゆるゆるの日本より感染状況は酷くなかった。

しかし、国民性や地域性もあるのだろう。また、フィリピンは明らかにロックダウンの程度(規制緩和をしていく過程)のコントロールのタイミングを間違えた。そして、いつしか、アジアでも突出した感染悪化状態に陥り、世界最長のロックダウンを実施せざるをえなくなる。

もちろんずっとそのままでは経済が、そして国がもうもたない。
感染状況というよりも見切り発車的ではあるが、だんだんと規制を緩和し、出口戦略を模索し始めている。
また、現状では、なんとなくピークは過ぎた感もある。

しかし既に経済は壊滅的だ。
一度すべてを失った人々の生活が元通りになるのには、まだ時間がかかるだろう。
もちろんコロナの恐怖が去ったわけではない。
というか、形を変えつつもロックダウンは続き、マスクどころかフェイスシールド着用の義務も生じている。

ちなみに、日本がフィリピンに対して入国制限(14日間の経過観察ってやつね)を始めたのが3月28日。
だから自分らの脱出は、ほんとギリギリのタイミングだった。

そして、その頃には、世界の状況がもう新型コロナウィルス一色だった。

その後、自粛がどうこうって緊張感もなくゆるゆるやってた日本も、緊急事態宣言へと状況が悪化していく。

日本がロックダウンもせずに、あんなゆるゆるな感じでなんとか乗り切ってこれたのは、致命的な医療崩壊が起きなかったことと、あと、やっぱり地理的・民族的な何かの要因があったんだと思う。あとは、実は、「運が良かっただけ!」だと思うし。

フィリピンでは、例えばマニラ首都圏では、徐々に感染者が増えていくに従って、あっという間に医療崩壊が起きた。
大きな病院が、コロナへの対応で限界になり、「一般の外来は受け入れられない」という公式のアナウンスを出した。

それも3月中旬のこと(自分らが現地にいる間)。

これも自分が「もうこれはヤバイな」と、緊急帰国を決断したひとつの大きな要因だった。

病院はそんな感じで状況がひっ迫していたし、また、もとより病院になんか行けない貧困層は、クラスターが発生して感染が判明すると、その地域が封鎖され、感染者は学校の体育館とかに隔離された。

コロナだかなんだかわからず、ふつうに家で死んでしまう人もたくさんいると思う。

そして、ロックダウンにより仕事を失い、ただでさえ生活が苦しかった貧困層は、感染と同時に、むしろ飢えの恐怖に包まれていく。

「このままじゃ、ウィルスに感染して死ぬか、飢えて死ぬか、どっちかだわ」

と。

悪化していく現地の状況を鑑みて、NGOでもスラムの飢餓への緊急支援を始める。

NGOの現地事務所付近のスラムや、山村での、食糧配給や炊き出しを行い、今もそれは続いている。

そんなふうな流れで今に至るのだが、

ロックダウン初期のセブで自分が痛切に感じたのは、やはり、

「本当に怖いのは人の心」

ということだ。

ウィルスの感染への恐怖は、その体よりも先に、人の心を蝕んでいた。

そう、人々の心は既に、恐怖というウィルスに感染し、疑心暗鬼に支配され、パニックモードに陥っていた。

今、この状況ではさすがにもう意識も変化しているだろうが、あの頃(コロナ感染拡大初期)は、外国人がどうとかそういう問題じゃないということもわからず、「コロナは外からやってくる」と、差別意識をあからさまに投げつけていた。

こんな情報がfacebookでシェアされてた。
「バランガイにイタリアとマニラからきた人がいるから気を付けろ、見かけたら通報しろ」
「あのホテルに韓国人の団体が泊まったから気を付けろ」
というような。

ちなみに今では、むしろ逆だ。
日本では、フィリピンから来る人は危険、と、日本では思われている。
日本とフィリピンは昔から関係性が深く、日本国籍在留資格を持ったフィリピン人がたくさんいる。
そんな人たちが帰国してきて、空港の検疫で陽性になった、とか、フィリピンパブでクラスターが、とか、なぜか妙にクローズアップして報道されたりする。
まあ、それだけ結びつきが深く、多くのフィリピン人が日本にいる、ということなのだろう。
今では、現状の良さ(?)と衛生・予防的な安心感から、「コロナ後に行きたい国ランク1位」だったりする日本と、未だロックダウンが続くフィリピンとでは、あの時の、「日本人はコロナだ。気をつけろ。」なんて、いったいなんだったのだろう、と思ってしまう。

アメリカとかでもそうだ。
2~3月のアジア人差別はいったいなんだったのだろう?な惨状だ。

まあいいや。いずれにせよ、感染抑止に対し、やることはこれからもかわらないし。

ただ、こんな状況だから仕方ないにしろ、やはり差別はよくない。

今回、そんな状況の中、それでも受け入れてくれた人々と、差別を表してきた人々とに、やはり心の中で線引きはしてしまう。

もちろん日本人だって差別をしてしまう時がある。
例えば、今回のコロナでも、自粛警察や、医療従事者の子どもや宅配業者への差別対応が問題になったし、イスラム国がテロや人質事件を繰り返してた時のムスリムへの差別意識とかもあった。

日本に帰ってきてまず思ったのは、そのあまりの緊張感のなさ。
でも、こんな状況下でもパニックにならない日本人ってある意味すごいかも、と思ったりもした。
今回のコロナウィルスで、たとえ(コロナの発生源を思われる)中国人とかに対する偏見や差別があっても、それを表に表すことに社会的に恥を感じる、そういう道徳心はすばらしいな、とあらためて思った。

フィリピンで人種差別を受け、そして監視・軟禁された日々。
たとえ笑い話に消化はできても、でも、あのイラつきや辛さはもう忘れられないだろう。

まあ、結局、その地域の人たちにも食糧支援はしてるけど、この心の傷のささくれはもう消えはしないだろう。

でも。

そんな差別・軟禁された状態の自分らのところに、子どもたちがいつも家に来てくれたり、一緒に出掛けてくれたりした。

NGOの支援で学校に通う、サポーターチャイルドの子たちだ。

一見、何のくったくもなく、いつものように自分ら日本人を接してたけど、実は、あの子たちにも葛藤があった。

ショッピングモールに出かける話をしてる時に、何気に聞いた。

「友達も連れてきていいよ」

そしたら、こう答えた。

「友達は来ないと思う。親が許さないから」

そう、あの子たちも、周りの白い目を感じながら、勇気をもってうちらと一緒にいてくれたのだった。

現地スタッフも、近所からの差別の目や、「日本人と接してるんだからあの人もきっともうコロナ」という差別的扱いに耐え、戦いながら、自分らと一緒にいてくれた。

昨日までふつうに笑顔で接してた隣人が、避けて通る。

そんな状況の中、それでも毎日自分らの世話をしてくれ、笑顔で過ごしてくれた。

本当に感謝してるし、これからもその関係を大切にしたい。

例えば、学生ボランティアのプログラムにあったホームステイとかも、そんな状況の中でも、サポートチャイルドの家で受け入れてもらえることになったんだけど、結局、近所の非難にあって、ダメになったりもした。

毎日のように、閉じ込められ不自由な生活を強いられた自分らに会いに来て、共に過ごしてくれた子どもたち。

「日本人と会ってる」ということが、あの子たちにどんな風評被害を与えたかもわからないし、実はとてもプレッシャーになっていたと思う。勇気と覚悟を持って、会いに来てくれていたと。

感染が怖いというよりも、周りの目があって。

もしかしたら、日本人を関わることで、本人も同じように差別されてしまうかもしれないのに。

だから、あの子たちには、本当に、とてもとても感謝してる。

。。。

しなくてよかった経験だし、いい思い出でもないけど、でも、ただ日本に住んでいたら出来ない体験だったことは確かだ。

外国における人種差別、監視、軟禁という経験をして、あらためて思った。

「差別」というものに対してもっと真摯に向き合おう、と。

「差別は遠いものではない。あなたの近くにも必ずある。」

自分には関係ない、なんてことは決して無い。

目には入ってきてるのに、知らないフリをしているだけなんだ。

差別を知らないのではない。

差別をされる人の気持ちを知らないだけだ。

もちろん自分自身も含めて。

だから、今後も、常に、ずっと意識し、そして、どうあるべきかを考えよう。

そう思う。。


🌈《ロックダウンからの脱出 PartⅠ~Ⅵ &「その後」》

yumekake.com

yumekake.com** ** ** **

JOHNです。よろしくお願いします。
海外のことや日本のこと、世界の現実、経済や政治、ポエムまで、いろいろ書いてます😅
もしよろしかったら、読者登録、スター、 シェアお願いします🙂

自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは下記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。)
あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。

このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。 そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。

今後ともよろしくお願い致します。

NGOの活動にご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。

【 国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」】

” ただ与えるのではなく、共にわかちあう支援を ”  

hopehalohalooasis.wixsite.com

yumekake.com

「ロックダウンからの脱出(Ⅵ)」 ~フィリピン・セブ島ー差別、監視、軟禁、、3・21、あの日、新型コロナウィルスにより突如封鎖された島を、ボクらは脱出した、、 (#フィリピンセブ #空港検疫 #入国制限 #国際協力NGO)

f:id:yumekake-john-ngohope:20200824205236j:plain

f:id:yumekake-john-ngohope:20200824205304j:plain
f:id:yumekake-john-ngohope:20200824205334j:plain

ロックダウンで封鎖されたフィリピン・セブ島

その中、やっと手に入れた13人分、学生ボランティアと自分の帰国のチケット。

宿なしの危機もクリアして、ぜんぜんやってこない出発日の朝のタクシーにドキドキして、

それでもなんとか空港にたどり着いた。

みんなで急いでカウンターへ。

ふと見ると、空港の外には、今朝もたくさんの、帰れなくなった人たちが、列を成している。

「大変だな、、なんとかなるのかな、、

これからどうするんだろう、、

この国はこれからどうなっていくんだろう、、、」

そう思いつつ、空港内に入り、チェックイン・チケット発券手続きをす、、、



るはずだったのが、、、



なかなか手続きが終わらない。

えっと、、もうフライトの時間が来ちゃうんだけど、、、😳

というか、搭乗時間過ぎてんだけど、、、😱

な、状態のなか、

カウンターのスタッフが言う。

「二人、この便には乗れません。午後にもうひとつ臨時便があるので、そちらに移動してもらえませんか?」



はあ?😶



オーバーブッキングだ。

昨日の手続きはいったいなんだったのだろう?

けっこうゴネてはみたが、どうにもなりそうもないので、みんなで相談する。

自分はいいとして(というか当然として)、

でも、ここまで一緒に大変な状況を乗り越えてきた皆の中から、あとひとり、ここまできて、ここで別れなければならない。

ただもう時間がない。

決めなきゃ。

ひとりの子が、わたし大丈夫ですよ、と言ってくれる。

ありがとう。

突然の別れに泣き出すメンバー達もいる。

そして、「じゃあ仕方ないけどそうしよう」と、手続きを進めようとするが、さっきからどっかに(ゴネたので相談に?)行ったまま不在のスタッフが帰ってこない。

ふむむむ、、



で、

やっと帰ってくる。

この二人が別の便で、、

と告げようとすると、、、

「OK 全員乗れるよ」

と!😲



ん?



さっきの涙はどーしてくれる?😅



まあいいや。

で、どうなったかというと、二人はビジネスシートだと。

は?

空いてんのかい!😳

(結局、その二人以外のビジネスシートは空いていた。てゆーか、こういう緊急事態なんだから、初めっから乗せれるだけ乗せよーよ???🙄)

さて。

そんなこんなで搭乗手続きを終え、、、

たら、別のスタッフがやってきて、

「走れ!」

と😱

マジで時間がない。

放送で名前も呼んでる。

てゆーかうちらのせいじゃないぞ?😨

そして、ほとんど出発時間と同時ってくらいに、なんとか機内に乗り込む。

これでやっとなんとか帰れる。

席に座って「ふぅ」としてると、

表から入ってきた他のスタッフに呼ばれる。

「スーツケースにパワーバンク(充電池)が入ってないか?」

えっと、

パワーバンクは預ける荷物じゃなくて、手荷物にしなきゃいかないのは知ってるよ。

というか、今、持ってるよ?

ん?😳

でも、どうしても自分の荷物だというので、一緒に荷物室へ行く。

もう出発時間は過ぎてるので、もちろん走って。

で、荷物を見せられるけど、自分のスーツケースじゃない。

とりあえず戻る。

そして一端戻ったら、やっぱり、とまた呼ばれる。

また走る。

何度確認しても同じだ。

それは自分のスーツケースなんかじゃない。

そんなこんなしてる間に、機内でも確認していたようだ。

自分らの他のメンバーが、「それってもしかしたら」と、気付く。

メンバーのひとりのスーツケースの特徴と一緒だった。

で、、、

ようするに係員のタグの付け間違えだ。

荷物室まで二往復の自分に、「お疲れさま」と冷たい水をくれるが、、、

勘弁してくれ😅😅😅

そして、だいぶ時間を遅れて、飛行機が飛び立つ。

いろいろ疲れ果ててたし、寝てる間に日本に到着。

いや~ほんと大変だった😓

でもまあ、なんとか無事にみんな日本に帰り着けてよかった。

無駄なお金はかかったけど、嫌な思いもしたけど、めっちゃ不安だったけど、

ある意味、いい経験とも言えるかもしれない。

帰国後、メンバーのひとりが言っていた。

「もうしばらく海外はいいや」

、、、

なにはともあれ、日本は平和だ。

この時はまだ空港でも、特別なチェックも検査もなく、ふつうに入国できた。

フィリピンのあの緊張感が嘘のようだ。

これでとりあえずひと安心、、

なんだけど、

最後にもうひとつ😅



メンバーのひとりの荷物が届かない😳



いやいや最後までトラブル続きだ😅

おそらく積み忘れだろう。

午後の臨時便に乗せられてくるんじゃないかと。



というわけで、一緒に待つ。

、、、

ちゃんと(と言っていいのか?)次の便に乗ってた。

まあ、こんなわやくちゃな感じだし、トラブルも多発してるのだろう。

対応してくれたスタッフも「最近よくあるの」って言っていた。



そして荷物を無事受け取って、

この混乱続きの旅もやっと終わる。

バスと電車で家路に着く。

まだ休業要請も出されていない日本は、まったくの通常通り。

コロナに対する意識の薄さはあいかわらずだったし、人々の間にも街にも信じられないくらい緊張感がなかった。



しかし、世界は急激にウィルスに支配されていく。



2020年3月21日。

あの日、新型コロナウィルスによるロックダウンで、突如封鎖されたフィリピン・セブ島を、自分らは脱出した。

そして、

日本が、フィリピンその他の国に対して、入国制限(PCR検査と14日間の外出自粛・経過観察)の措置を開始したのが、その一週間後3/28。

ギリギリのタイミングだった。

あの時、あの判断、緊急帰国を決断して本当によかった。

あの時点では、フィリピンのロックダウンの期限は一ヵ月(4月14日まで)となっていた。

だから甘く見ていて、結局ずっと帰国困難になった人も多くいるだろう。

事実、日本人観光客や短期語学留学生が多く滞在していたセブは、その後まもなく、大量の帰国困難者、いわゆる帰国難民の発生で、日本でも大きなニュースとなる。

現状は、未だにロックダウンが続いている。

もちろんフィリピンどころか、世界中がロックダウンの波にのまれていく。

新型コロナウィルス感染の猛威は信じられないほどのスピードで拡がり、世界を恐怖に陥れつつあった。



そして、

日本でも、時を経ずして、

緊急事態宣言へと事態は悪化していく、、、



《「ロックダウンからの脱出(Ⅵ)了。次回「同(その後)」へと続く。》


🌈ロックダウンからの脱出 PartⅠ~Ⅵ &「その後」

yumekake.com

yumekake.com** ** ** **

JOHNです。よろしくお願いします。
海外のことや日本のこと、世界の現実、経済や政治、ポエムまで、いろいろ書いてます😅
もしよろしかったら、読者登録、スター、 シェアお願いします🙂

自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは下記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。)
あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。

このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。

今後ともよろしくお願い致します。

NGOの活動にご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。

【 国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」】

” ただ与えるのではなく、共にわかちあう支援を ” 

hopehalohalooasis.wixsite.com

yumekake.com