YUMEKAKE/JOHN's diary

国際協力活動のなかでのマジメな話からゆる~い話まで/海外から日本から

【学校では教われないことがある】 ~文明が発達して世の中が便利になると共に、人の心は貧しくなっていくものなのか、、   (#新型コロナウィルスによる世界最長のロックダウンが続くフィリピンの学校の現状 #フィリピンの夏休みは4月と5月 #北半球と南半球の四季 #モジュールクラスとオンラインクラス #貧富の差による教育格差)

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「学校では教われないことがある」

それがこの写真に付いたキャプションだ。

というか言い換えてもいいなら、「学校の授業では」かな?


※※ ※※ ※※ ※※

世界最長のロックダウンが続くフィリピン。

学校の対面授業も、昨年の3月からずっと中止。

モジュール(現状は結局、宿題プリント)もしくはオンラインで授業が行われ、自分がNGOで支援している貧困層の子どもたちは、インターネット環境がないので、みんな家でプリントをやってる。

今はお休み。夏休み。

本来、フィリピンの学校の長期休暇は、4~5月なのだが、コロナにより授業(宿題だけど)開始が遅れたので、学期もずれ込んだ。

ようするにフィリピンの場合、今は、例年と「時期のズレた」夏休みというわけ。

ちなみに、その例年の夏休みの4~5月がフィリピンのいちばん暑い時期で、ようするに、だから「夏休み」だ。

概念上のことではなく、ちゃんとサマーホリデーって言われてる。

よく「日本の夏はオーストラリアの冬」みたいな言い方をするけど、そう言ってしまうと、まるで、オーストラリア(いわゆる南半球)の夏は寒いの?みたいな感じになっちゃうけど、そもそもオーストラリアの夏は12~2月だ。だからほんとは、言うなら「8月は日本では夏だけどオーストラリアでは冬」ってこと。

なわけで、フィリピンの夏は、この4~6月。といっても四季というものはなく、雨季と乾季っていう区分けはあるけど、とりあえず1年中熱いので、ようするこの時期が「特に暑い」というわけだ。(他も暑いけど!🤣)

話を戻して、そんないつもの夏休みが、今年はコロナの影響で時期がずれて、今が長期休暇(学年替わりのお休みなので、日本でいったら春休み?それがフィリピンでは通常では夏休み。ああ、こう書いてるとまたなんか紛らわしくなってくる😅)になってて、地域や学校によって差はあるけど、そろそろ授業が始まる。

授業といっても、とりあえずは引き続き、家庭学習(モジュール)。

ちょい前に「9月からは学校での授業を再開」っていう発表もあったけど、コロナ(デルタ株等の変異株)の感染拡大によって、また規制が厳しくなってる状態の今、それが実行されるかどうかわからない。

というか、9月から始まる公立学校の高校生に聞いたら、「まだモジュールみたいよ」って言ってる。

なにもかも行き当たりばったり感があるフィリピン(まあ、コロナ対策に関しての行き当たりばったり感はフィリピンだけじゃないけど)では、しょうじき、直前にならないとほんとにわからない。

ずっと続くこんな状態。

オンライン授業が受けられる富裕層と、宿題プリントを自力でやる貧困層の間の、教育格差は広がる一方だ。

そんな学力の問題もあるが、、、

学校生活で学ぶものは、言うまでもなく「教科のお勉強」だけではない。

友だちや先生との交流や学校行事、課外活動、様々な学校生活における場面から、人間性や社会性が育っていく。

まあ、逆効果になる場合もあるが😳

フィリピンは、大家族で、家族や地域の結びつきが強く、また、高齢者を敬う文化も根付いてる。その中からいろんなことを学ぶ。そして、特に貧困層は、その厳しい生活環境から、「ただ生きてるだけ」で、生きるために必要なことを、否応もなく学んでいくので、少なくとも日本とかよりは、いわゆる「学校の授業では教えてくれないこと」、、、そう、生きる力や人として大切なこと、を、ふだんの日常生活の中で学んでいく。(ただ、公衆道徳性にはちと欠ける😅)

が、そんなフィリピンでも、やはり文化は発展し、子どもたちの様子も変わっていっている。

スマホやゲームに依存しがちなのは日本と変わらない。

日本から見たら、未だ、「日本人が、世の中の便利さや文明の発達と引き換えに失ってしまいかけてる人としての大切な何か」が、ここにはまだある。

それはそう思うのだが、やはり、そういう先進国と同じ方向へと変わっていくのは止められない。

なんせアマゾンの部族がスマホを持つ時代だ。

世の中が便利になっていくとともに、悲しいけど、人の心は荒廃していく。

富を得るとともに、心は貧しくなっていく。

写真は、フィリピンのSNSにシェアされてたもの。

路上で物乞いをするおばあさんに、制服姿の女子学生が中指を立てている。

キャプションにはこうある。

「学校では教われないことがある」

学校では教えてくれないもの。

授業ではやらないけど、でも、学校生活の中で学んでいくものはたくさんある。

集団生活や校則によるストレスだって、人が成長していくために、必要な要素なのじゃないだろーか。

ネガティブなことからだって、何かしら得るものがある。

家庭生活とは違う刺激の中から学ぶことがある。

まあ、学校がないならべつにいいけど、あったらあったで学ぶことはあるし、学校がなくなったら、その代わりの何かがまた必要になるよね。

その役割を家庭や地域が担えるならいいけど、少なくとも日本はできてないし、フィリピンだって、ずっと今までのようにはいかないだろう。

事実、「昔はよかった」「文明の発達と人の心の豊かさは反比例」的な見方は、もうすでにこの国にもある。

少なくとも、学校で学ぶことだってあるにはあるだろう。

授業では教えてくれなくても。

そういう場として、学校の存在価値はやっぱりあるのだと思う。

人とのふれあいの中から学ぶもの。

ネット社会の今は必要ない?

学校に行くよりも、学べるものはたくさんある。

それもそうかもしれない。

けど、、、どうなんだろ?

まあ、学校教育の質もあるし、一概には言えないか。

とりあえず、、

家庭で、地域で、学校で、子どもの人間性を育てる環境を整えるのは、大人の役割だと思うし、

となると、ホームレスに中指立てるメンタリティーの元凶はうちら大人ってわけだ。

くだらねーことばっかやってないで、

がんばろーぜ、おとな😅

でもって、子どもたち、

学校の授業がずっとなくて、たくさんの友だちと会えなくて、家での宿題で、みんなストレスがたまってるし、学校再開を待ち望んでるし、んで、なんだかんだいっても今のところ学校生活ってやっぱ必要だと思うし、今までと違う形でもいいから、

早くこのパンデミックが収まって、学校の授業が始まるといいよね。

そりゃあ、学校では教えてくれないこともたくさん。

というか、こういう人としての道徳みたいなものとか、思いやりとか、学校というよりも、本来、家庭やコミュニティの中で学んでいくもののような気がする。けど、

でも、学校だから学べる大切なことだってきっとあるし、

なにはともあれ、また毎日友だちと一緒に学校で楽しく過ごしたいよね、、😇



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自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは下記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。) あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。

このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。 そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。

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