フィリピン人はきれい好きです。シャワー(井戸での水浴び)も洗濯もよくしますし、家の中とかは頻繁に掃除をしています。
なのですが、ゴミをその辺に平気でポイ捨てします。
例えば、子どもに飴を上げると、その場で開けて、中身を口に入れて、包みを無造作に投げ捨てます。大人もそうです。
残念ながら、それがこの国の文化であり、習慣だと言わざるえません。
ひとつひとつのポイ捨てがゴミ山を作っている、とは、物理的には言えませんが、そのようなゴミに対する、また環境に対する意識の低さが、結果として、ゴミ山を形成する大きな要因になっていると思います。
また、同様に無造作に捨てられた様々な物や生活排水で、川や海辺には汚染やゴミが滞り、スラムの人々の暮らす住環境をも侵食しています。それはスラムの人々の生活の礎となる井戸水にも悪影響を及ぼし、水を汚染します。その水で人々は洗濯をし調理をします。そのような状況が、環境破壊や健康被害を導いていくことは明らかです。感染症や抵抗力の小さい乳幼児の死亡率の高さにもそれは顕著に表れています。
かといって、その国の習慣や文化に対して、外国人(自分たち)が何か言う権利はあるのか、と言うと、何とも言えませんが、
でも、やっぱりポイ捨てはやめた方がいいし、環境に対する教育も必要だと思うのです。
そして、実は、現地の人々だってわかっているのです。
ゴミまみれの環境が体に、そして地球に悪い影響を与えることや、何よりも単純に「汚くて臭いより、きれいな方がいい」ということを。
そのために何ができるのだろう、と現地の人々と一緒に考えます。
際限なく広大なゴミ山を、自分らのちっぽけな力で、すぐにどうこうしよう、なんてことはできません。
でも、少しでも、人々の意識を変えていけたら、それが例え小さくても、確かな一歩となり、いつか何かを変えるきっかけになると信じて、NGOでは、支援地域の人々や施設の子どもたちに環境教育を施しています。
上部の写真は、NGOのスラムの子どもの施設にて、日本からのボランティアと一緒に、子どもたちに環境を守ろうという紙芝居をしたり、付近のゴミ拾いをしている時のものです。
このような活動を、定期的・継続的に行い、少しづつでも意識は変わればいいな、と草の根の教育・支援活動を続けています。未来を担う子どもたちの意識が変われば、その国の未来も変わると信じながら。
日本人スタッフが中心になって、そのような環境保護への取り組みを続けていたら、新型コロナウィルスによるロックダウンで日本からスタッフやボランティアが現地へ行けない間に、現地スタッフが中心となり、自主的に、スラムの人々と一緒に、地域の清掃活動を行ってくれました。
日本でその報告を受け、本当に嬉しかったです。こんなふうに、少しずつでも環境に対する意識が変わり、広がり、根付いていったらいいな、と思います。
そして、表題に書いたように、もちろん皆がゴミを拾えばそのゴミは無くなりますが、それは「減る」という意味ではなく、ゴミを減らすためには、やはりゴミを増やさないようにしなければなりません。人々の生活の中で、ゴミや環境に対する根本的な問題への学びや取り組み、意識を育てる活動を、今後とも続けていきます。