YUMEKAKE/JOHN's diary

国際協力活動のなかでのマジメな話からゆる~い話まで/海外から日本から

「ロックダウンからの脱出(Ⅴ)」 ~フィリピン・セブ島ー差別、監視、軟禁、、3・21、あの日、新型コロナウィルスにより突如封鎖された島を、ボクらは脱出した、、

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そして宿を、空港近くのゲストハウスに移動した。

これでいつでも帰国へと動ける。

やはりこの時期、日本人に対する特別な視線を感じたが、ゲストハウスの人たちは快く受け入れてくれた。
本当に有難く思った。

いつ帰れるのかはまだわからないが、まずは1泊1泊だ。
もうこうなったら、できれば明日帰りたい。

というわけで、学生ボランティアのメンバーを、町なかのショッピングモールに降ろし(急きょ帰国することにしたので、それはそれでお土産等も買ったり、また忙しそーだ)、自分は、空港へ。

この際も送り迎えしてくれたり、交渉に付き合ってくれたり、ゲストハウスのスタッフは、本当によくしてくれた。

窓口の順番を待つ列に並び、やっと手に入れた情報は、

「明日も臨時便が飛ぶ予定ですが、今、予約はできません。明日の朝、また来て下さい。そして、またご案内します。」

だった。

詳しく尋ねると、ようするに、日本への臨時チャーター便はある予定だが、席がどれだけ空くか当日にならないとわからないと。

まあ、お金もコネもあるんだろうし、組織レベルの手配や企業等の団体利用が優先で、ただの個人の客は、その空いた席に、どれくらい乗れるのか当日までわからない、というわけだ。

世の中そんなものだ。

で、翌日。

今度は、メンバー全員、帰国する準備も万端で、早朝、空港に来る。

言われた時間よりも早く来たし、昨日いたほとんどの人たちは、あまり状況がわかってなかったようだったし(「明日また来て下さい」というアナウンスで突然、受付が閉じられたので、その後、食い下がった自分らのように、時間や事情等の詳しい情報をあまり知らない。)、というわけで、自分の前には10人もいなかった。

というか、前の方の人たちは、昨日からそこへ泊まっていたようだ。

そういう感じだったので、まあなんとかなるんじゃ、という気でいた。

しかし。

受付は午前中を待たず終わる。

自分らの後ろにはもう既に長蛇の列ができているというのに。

なんなんだこのやり方。

ほんの数人の手続きをし、そしてようするに昨日と同じく「また明日」だ。

自分らが乗れなかったのは、13人の団体という人数の多さもあったのだろう。

といっても、あれだけ先頭近くでダメだったということで、その日の空席は20もなかったということだ。

あの列にいる大量の人々はいったいどうなるのだろう。

もちろん自分らも含めて、、、

とりあえず。

途方に暮れた。

こんな状態のフィリピン航空に頼るのではなく、外国の航空会社(乗り継ぎ)なら、まだ大丈夫なものがあるんじゃないか。

フィリピンはもうわけのわからないロックダウンとかしてるけど、日本や他の国はまだ制限もしてないし、とにかくまずはフィリピンを出てしまえば、なんとかなるんじゃないか、と、しばらくそのまま空港のベンチで、打開策を探した。

ちなみにこの空港は、日本と違い、チケットがないと建物内に入ることができず、列も、手続き待ちも、みんな外だ。熱帯のフィリピンの暑さの下の。

もちろんこの時の自分らも外であーだこーだやっていた。

韓国経由やシンガポール経由、、いけそうな気もしたけど、こんな時期なので、いつ状況が変わって、その国から出られなくなるかわからない。

例えばシンガポールで乗り継ぎしようとしたら、そこで2週間の隔離で足止め、なんてことになるかもしれない。

事実、この時、候補に挙がっていたシンガポール経由は、確かにこの時点では、「数か国(フィリピン含む)からの入国規制はあるが、乗り継ぎによるトランジットは入国規制なし」だったのだが、翌日から、「乗り継ぎにおいても2週間の隔離措置」と変更されたりしていた。

そんなふうに、新型コロナウィルスによって日々激変していく世界の状況に振り回され、どうにか抜け道を探そうとしていた。

しかし、時間だけが過ぎていく。

いつのまにか、列に並んでいた大勢の人々も、諦めていなくなった。

ふう、、( ´Д`)=3 

。。。

と、ほんとどうしようもなく途方に暮れてると、

フィリピン航空のスタッフが歩いてきた。

さっき窓口の奥で、13人分の空席を探してくれたスタッフだ。

彼女が、自分に話しかけた。

「特別なんだけど、もしOKなら、明日のチケットを用意するわよ」

と。

。。。

時々こういうことがある。

なんというか、自分は、金髪のロン毛で体もおっきくて、まあようするに外見のインパクトが強い。
ただそういう外見は、たいてい第一印象の悪さに繋がるのだが、たま~に、得することがある。
向こうが覚えてくれる、ということだ。

そんな外見や(?)、また、連日毎日長時間居座ってたこと、まあようするに、毎日毎日空港にずっといる怪しい日本人😅、、、を、さすがにスタッフも覚えたのだろう。みんなが消えた後も、外のベンチで途方に暮れている自分らに話しかけてくれたのだ。

願ってもないオファーをくれた。

やっと空港の建物内に入ることができ、詳しい話を聞く。

自分とあと数人を連れて、人気(ひとけ)のない空港カウンターに行き、彼女がPCで調べ始めると、周りのスタッフが「?」という反応をする。

彼女が説明する。

そう、これって、彼女の一存の裁量で、助け船を出してくれたのだ。

本当に有難い。
自分自身ががんばったとしても、やはりたくさんの人に助けられ、支えられてる。
今回の旅でも、何度もそう実感した。

臨時のチャーター便なので、値段は高い。日本円で訳123000円。
ちなみにもともとの「往復」チケットは68000円前後。
帰りだけの片道が、往復の倍だ。
だが仕方ない。
それこそ「背に腹は代えられない」ということわざがぴったりだ。
それにこれは、格安チケットでもないし、おまけに日本までの片道で、帰りは客を乗せるわけではないし。
あと、それ以前に、コロナが発生して中国の武漢が封鎖された時の、日本へのチャーター便もやっぱり12万円くらいだって聞いていたので、妥当といえば妥当なのかもしれない、、、と、納得するしかない!!!

と、なんとか帰国できることになった。

で、次の問題はというと、

今夜の宿がない!😱

昨日のゲストハウスに聞いてみたら、今日は他の客(足止めされて帰れなかった観光客とかだろう)の予約が入って、全員は無理だと。

仕方ない。

でももうこのまま空港にいるのも疲れちゃうんで(外だし暑いし)、とりあえず移動する。お昼を食べにいくって感じで。

全員とスーツケースが載せられる分の車を手配する。お金はかかるが、もう仕方ない(ほんとにいろいろ仕方ない!)。なにゃかやのトラブル対応で予算をオーバーしても、自分のサイフでいける分はいっとこう。

あまりちょこちょこ動けないし、いちおう確実な場所ってことで、昨日のショッピングモールへ。

そこでご飯を食べて、一端、自分は皆と別れる。

PCを現地のロード(プリベイトのインターネットデータ)で使っていたのだが、それがもう切れてしまい、また、充電も切れそうで、とりあえずロードを買って、コンセントのある場所(モールの中のトイレとか?)に行こうと。

なんだけど、やっぱりロックダウンの影響からか、閉まっているお店も多く、ロードが買えない。

うーん、、、

考えた末、モールから出て、フリーWi-Fiのある飲食店を探す。

茶店があり、うまいことにコンセントも見つけた。

で、アイスコーヒーを飲みながら、宿を探す。

もう寝るだけだし、安いとこで、という感じの、まあほんとそういうゲストハウスを予約。

通りは、数日前までいたバランガイとぜんぜん雰囲気が違う。

ここでは差別も監視もなく、日本人だけで屋台で晩ご飯を買いにいったりも普通にできる。

ただそれだけのことが、ものすごいことに感じられる。

9時までの外出制限はあるけど、


これが「自由」だ。

その時点での、フィリピン、またセブの状況はというと、まだいろいろ混乱状態で、制限についても、結局、バランガイ(町村)単位で判断するみたいな感じになっちゃってて、バランガイ間の移動も、許可が必要だとか言われてたり、とにかく情報が錯そうしてた。

実際はそのほとんどがパニックからの大げさな情報で、その時点(3月中旬)では、まだ意外といろいろスムーズだったんだけど。

また、セブ市はそんな感じでも、今いるラプラプ市は、また雰囲気が違って、自分らに対する緊張感もあまりなかった。
空港近くの場所っていうことで、外国人に慣れていたこともあるのだろう。

翌朝。

宿のスタッフのにーちゃんに車の手配をお願いする。
高級ホテルじゃないんで、タクシーもふつうに呼ぶ。
Grab(登録タクシー)を手配するが、これがまたぜんぜん来ない。

ああ、フィリピン人 😰

飛行機の時間、ヤバイんだけどー、、、

、、、

なんとか空港に到着。

時間、マジでヤバイ😨

そしてチェックインカウンターへ。

もうフライトまで時間があんましないけど、ここまで来ちゃえばなんとかなるだろう。

と、

思ったのだが。

最後までハプニングは続く、、、

《「ロックダウンからの脱出(Ⅴ)了。続く。》

🌈ロックダウンからの脱出 Part Ⅰ~Ⅵ &「その後」

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JOHNです。よろしくお願いします。
海外のことや日本のこと、世界の現実、経済や政治、ポエムまで、いろいろ書いてます😅
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自分は、国際協力NGO「HOPE~ハロハロオアシス」の代表を務めています。(詳しくは下記「自己紹介・NGO連絡先」リンクをご参照お願い致します。)
あ。「YUMEKAKE」というのは、NGOの活動のプロジェクト名(YUMEKAKE PROJECT)です。世界の子どもたちの、笑顔と希望と夢の架け橋になりたい、という意味です。

このブログでは、国際協力活動を通しての視点で、海外また国内の、様々な問題や出来事、スラムや難民キャンプの人々の生活、NGOの活動の様子等を、時に真面目に、深く、時にゆるく、書いていきたいと思います。 そして少しでも、皆さまに、世界の様々な現実を知ってもらえるきっかけを届けたいと思っています。

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